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究極の瞑想 (MU) 幸福編 瞑想方法

究極の瞑想

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 スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、イチロー、マドンナ、ビートルズ、
クリント・イーストウッド、ヒラリー・クリントン、リチャード・ギア、稲盛和夫、
長谷部誠、長嶋茂雄、
 などのように、成功者の中には『瞑想』を実践している、
あるいは実践していた人がたくさんいます。

 やり方は人それぞれですが、瞑想を自分の人生の成功に上手に結び付けているという点では皆共通しています。

 では、さっそく初めてみましょう。

 第一段階の超簡単瞑想方法

(1) 楽な姿勢で座り、目を閉じます。
(2) 3回深呼吸をゆっくり行い、息を吐きます。
(3) 鼻から息をゆっくり吸います。
(4) 鼻から息をゆっくり吐きます。
(5) ゆっくり吸い、ゆっくり吐く、(3)(4)を5分間ほどくり返します。

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 アーナパーナ・サティの瞑想



 禅定 九段階

 色界 無色界の禅定
 滅尽定とニルヴァーナ



 40種類の瞑想法
 六つの性格タイプによる瞑想の分類



 超越瞑想(TM)とは



安らかに死を受け入れる。デカセクシス

第1段階 「否認」

患者は大きな衝撃を受け、自分が死ぬということはないはずだと否認する段階。「仮にそうだとしても、特効薬が発明されて自分は助かるのではないか」といった部分的否認の形をとる場合もある。

第2段階 「怒り」

なぜ自分がこんな目に遭うのか、死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階。

第3段階 「取引」

延命への取引である。「悪いところはすべて改めるので何とか命だけは助けてほしい」あるいは「もう数ヶ月生かしてくれればどんなことでもする」などと死なずにすむように取引を試みる。神(絶対的なもの)にすがろうとする状態。

第4段階 「抑うつ」

取引が無駄と認識し、運命に対し無力さを感じ、失望し、ひどい抑うつに襲われなにもできなくなる段階。すべてに絶望を感じ、間歇的に「部分的悲嘆」のプロセスへと移行する。

第5段階 「受容」

部分的悲嘆のプロセスと並行し、死を受容する最終段階へ入っていく。最終的に自分が死に行くことを受け入れるが、同時に一縷の希望も捨てきれない場合もある。受容段階の後半には、突然すべてを悟った解脱の境地が現れる。希望ともきっぱりと別れを告げ、安らかに死を受け入れる。「デカセクシス(Decathexis)」とロスが呼んだ状態である。この状態で最期の言葉を残すことが多い(例:ゲーテ「もっと光を」、夏目漱石「もう泣いてもいいよ」)。


死以外にもショッキングな事にも適応するように思われる。
解脱・涅槃の境地にも似ている。


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原始仏教:その1





ゴータマ・シッダールタの生い立ちと出家



 仏教の開祖ゴータマ・シッダールタは紀元前463年頃ネパールの1部族である釈迦族のカピラ国(コーサラ国の属国)に王子として生まれた。小国の王子であったが物質的には不自由なく成長した。しかし、成長するにつれ世の中の矛盾、人生の苦しみを感じた。それは精神的な苦しみであったと思われる。

小国ながらカピラ国の王子として生まれたゴータマ・シッダールタは当時の最高の教育を受けた。

将来王として釈迦族国家を統治することが期待されたゴータマは群を抜いて頭脳明晰な人であったことは多くの経典に記されている。


ただ頭が良いだけでなく動物界のみならず人間社会の弱肉強食の姿を見て心をいためる優しい人であった。

彼は将来カピラ国の王として釈迦族を指導して強大な国にすることを周りから期待されたであろう。当時は青銅器から鉄器時代に移行する時代で、強力な鉄製武器による血生臭い闘争が起きていた時代でもある。武力による弱肉強食と政治の世界は彼の性格に合わなかったようである。当時のインドは多くの自由思想家が輩出した百家騒鳴の時代であった。思想哲学による真理探究への止み難い憧れから出家修行の道を選んだのだと思われる。

彼は古代武術にも通じた青年だったとも伝えられることから、単なる頭デッカチの青年でなかっただろう。真理探究の修行を通して悟りを開き自己の精神的苦悩や葛藤を解決したいという望みから妻子を捨てて出家したと思われる。仏伝には悩める衆生を救うために王位を捨てて出家されたとしている。これは後世の仏伝作者がブッダを神格化するために作った物語だと考えられる。本当にそのような目的で出家したかどうかは疑わしい。




ゴータマ・シッダールタの出家の目的と修行



 中阿含経羅摩経にはブッダは自己の青春を回想して次のように述べたと伝えている。
「我本未だ無上等正覚を覚らざりし時、是の如く念(おも)えり。我は自ら病法、老法、死法、憂寂法、穢汚法なり。しかもこれらの中において災患を見、出離を思う。故に我は今むしろ無病、無老、無死、無憂寂、無穢汚なる無上安穏の涅槃を求めんと。我時に年若くして清浄の青髪あり。盛年年29にして極めて多く楽戯し装飾して遊行せり。我その時において父母の啼哭し、親戚の楽(ねが)わざるにも拘わらず、鬚髪を剃除し袈裟を着け、至信にして出家学道し身命の清浄を護り、口命意命の清浄を護れり。我この戒身を成就し巳りて、無病、無老、無死、無憂寂、無穢汚なる無上安穏の涅槃を希求せんと欲するが故に、アララ仙人(アーラーラ・カーラーマ)の所に行きたり」。 

これを読むと、29才で出家したゴータマ・シッダールタの出家の目的は「無病、無老、無死、無憂寂、無穢汚なる無上安穏の涅槃を求める」ことにあったことが分かる。ゴータマ・シッダールタの出家は彼自身の内面の問題意識に基づいていたのだ。

後世の大乗仏教では一切衆生を救う為に出家したと言うようになる。現代の我々には出家の目的が<一切衆生を救うため>より「無病、無老、無死、無憂寂、無穢汚なる無上安穏の涅槃」を求める個人的真理探究であったと考える方が分かりやすい。中阿含経羅摩経においてブッダは「我その時において父母の啼哭し、親戚の楽(ねが)わざるにも拘わらず、鬚髪を剃除し袈裟を着け、至信にして出家学道し身命の清浄を護り、口命意命の清浄を護れり。」と回想している。これを読むと、ゴータマ・シッダールタは真面目で求道心あふれる人柄であったことが分かる。

この経典の中で注目されるのはブッダが「我は自ら病法、老法、死法、憂寂法、穢汚法なり。」と考えているところである。ゴータマ・シッダールタはそんなに健康に恵まれた人ではなく病気にも悩まされる人であったことを示唆している。原始仏教(ブッダの仏教)には現世否定と悲観的人生観がつきまとっている。これもゴータマ・シッダールタが健康に恵まれた人ではなかったことを仮定すれば理解しやすい。

この経典からゴータマ・シッダールタの出家の目的は、後世の大乗仏教が言うように、全ての苦しむ衆生を救うためではなく彼自身の苦しみを解決するためだったことが分かる。またゴータマ・シッダールタが考える真理は単なる真理ではない。聖なる真理だという条件が付いていた。これは彼の言葉「至信にして出家学道し身命の清浄を護り、口命意命の清浄を護れり。・・・無穢汚なる無上安穏の涅槃を希求・・・  」の中の「清浄、無穢汚なる」といった言葉に表れている。この聖なる真理を求める姿勢は彼の一生に付きまとっている。これが後に仏教が宗教化される要因の1つとなったと考えられるのである。

ゴータマ・シッダールタの6年にわたる求道の旅で最初に師事したのはアララ仙人(アーラーラ・カーラーマ)とウッダカ仙人(ウッダカ・ラーマプッタ)と伝えられている。このことはとの関係から注目される。何故ならアララ仙人(アーラーラ・カーラーマ)もウッダカ仙人(ウッダカ・ラーマプッタ)もバラモン階級に属する正統派の思想家ではなく、禅定修行に専念する自由思想家であったからである。





アララ仙人とウッダカ仙人の下での修行



シッダールタが最初に訪ねたアララ仙人は<無所有処>(何物も所有する想いがないという境地)に達しその禅定修行を指導していた。中阿含経羅摩経にはアララ仙人のもとで禅定(坐禅)修行したゴータマ・シッダールタはほどなくアララ仙人の説く法を作証した。ブッダの言葉として「我は識無辺処を越え無所有処を得て成就せり。」とある。

アララ仙人の<無所有処定>に満足できなかったゴータマ・シッダールタは次にウッダカ仙人を訪ねた。ウッダカ仙人は<非想非非想処>(想いがあるでもなく、無いのでもないという境地)に達していた。ウッダカ仙人のもとで修行したゴータマ・シッダールタはほどなくウッダカ仙人の説く法を作証した。

この時のブッダの言葉として、「独り遠離せる安静に住して心に放逸なく修行し精勤せり。久しからずして彼法を証することを得たり。いわゆる無所有処を越え、非想非非想処を得て成就せり。」とある。

このことから、ゴータマ・シッダールタは出家後の最初の求道の旅においてアララ仙人とウッダカ仙人の指導を受け坐禅修行に集中したことが分かる。その修行の結果、アララ仙人の説く<無所有処定>とウッダカ仙人の説く<非想非非想処定>という禅定法を短期間で修得した。しかし、これに満足できなかった彼はそこを去る。その後彼は長い苦行を行うのである。

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